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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)17号 判決

原告

千代田化工建設株式会社

右代表者代表取締役

北川正人

右訴訟代理人弁護士

小倉隆志

中町誠

被告

中央労働委員会

右代表者会長

山口俊夫

右指定代理人

若菜允子

外三名

被告補助参加人

越智康雄

外四名

右五名訴訟代理人弁護士

伊藤幹郎

小島周一

荒井新二

前川雄司

星山輝男

堤浩一郎

船尾徹

星野秀紀

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、参加によって生じた費用も含めて原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が、原告を再審査申立人、被告補助参加人ら(以下「補助参加人ら」という。)を再審査被申立人とする中労委平成四年(不再)第六号事件について、平成七年一二月二〇日付けをもってした命令を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が補助参加人らについて昇給・昇格差別をしたことは、不当労働行為に当たるとして、昭和六三年四月一日に遡って賃金及び資格の是正等を命じた神奈川県地方労働委員会(以下「神奈川県地労委」という。)の救済命令を維持した被告の命令が誤りであるとして、原告がその取消しを求めている事案である。

二  争いのない事実等

以下の事実は、当事者間に争いがないか、又は、括弧内記載の証拠によって認めることができる。

1  当事者等

(一) 原告は、石油、ガス、石油化学装置等の設計、設置、土木、建築、電気、計装、配管等の工事、試運転を一貫して請け負う総合エンジニアリングを業とする株式会社であり、肩書地に本店を置くほか、東京に本社を、大阪、九州などに営業所等を、神奈川県川崎市に川崎工場をそれぞれ有し、資本金は約一五〇億円、従業員数は約二七〇〇人である。

(二) 補助参加人らは、原告の従業員であり、原告の従業員で組織されている千代田化工建設労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。また、補助参加人らは、日本共産党の党員であり、日本共産党千代田化工支部に所属している。

(1) 被告補助参加人越智康雄(以下「越智」という。)は、職業訓練所で溶接技術を修得後、昭和三九年一一月原告に技能職として入社し、以来、川崎工場の部品組立部門で溶接工として勤務していたが、子会社への移籍を拒否したことを理由に、昭和六三年五月二〇日付けで解雇された。しかし、越智は、解雇は無効であるとして裁判所に労働契約上の地位の確認等を求める訴えを提起する一方、労働委員会に不当労働行為の救済申立てをした結果、平成七年二月一三日付けで職場に配属され、同年五月八日には職場に復帰した。

(2) 被告補助参加人太田増夫(以下「太田」という。)は、京都大学大学院工学研究科化学工学専攻修士課程を修了後、昭和四二年四月原告に総合職として入社し、研究技術本部技術部において通産省大型研究開発プロジェクト等の研究開発業務に従事し、平成元年一二月当時は、HP第二プロジェクト本部NDLチームで新エネルギー開発機構サンシャイン計画に従事していた(乙第二二号証)。

(3) 被告補助参加人山田春雄(以下「山田」という。)は、東北大学機械第二工学科を卒業後、昭和四〇年四月原告に総合職として入社し、機械系技師として研究所で変速機の開発に従事した後、化学プラントの建設において各種機械の基本設計、購入、据付け、試運転などの業務に従事し、平成元年一一月当時は、機械エンジニアリング部で勤務していた(乙第二三号証)。

(4) 被告補助参加人佐藤敏春(以下「佐藤」という。)は、新潟県立高田工業高等学校機械科を卒業後、昭和四〇年四月原告に総合職として入社し、以来、一貫してコンピューター技術分野の業務に従事しており、平成元年一二月当時は、技術企画部業革OAグループで勤務していた(乙第二四号証)。

(5) 被告補助参加人木戸篤(以下「木戸」という。)は、国立新居浜工業高等専門学校工業化学科を卒業後、昭和四六年四月原告に総合職として入社し、試運転チーム、川崎研究所等を経て、平成元年一二月当時は、プロジェクトエンジニアリング二部で勤務していた(乙第二七号証)。

2  賃金・昇格差別

原告は、補助参加人らの賃金及び資格をほぼ各人の同期の従業員の中で最低のレベルにおいている。その最たる理由は、補助参加人らが日本共産党の政治活動として、経営阻害、企業破壊の反社会的活動をしているからというものである。

3  補助参加人らの活動

(一) 補助参加人らの組合役員歴等

(1) 越智は、昭和四〇年四月に組合に加入し、昭和四三、四四年の二期にわたって川崎支部区中央委員を務め、昭和四五年には川崎支部長(執行委員兼務)に立候補して当選し、支部組合機関紙「ハグルマ」を創刊するなどし、昭和四六年には執行委員に選出され、福利厚生部長として川崎工場の安全衛生問題に取り組み、昭和五〇年から五七年にかけては八期連続して川崎支部区中央委員に選出された(乙第二八、第一九六、第三二六号証)。

(2) 太田は、昭和四二年四月に組合に加入し、昭和四四年に執行委員に初当選し、昭和四五年に再選された後は給与対策部長(昭和四五年)、給与対策部員(昭和四六、四七年)として主として給与問題に関する活動を行い、昭和四九年には執行副委員長(渉外調査部長兼務)に選出され、昭和五〇年に再選され(給与対策部長兼務)、昭和五三、五四年には二期連続中央委員に選出された(乙第二二、第三二六、第三七四号証)。

(3) 山田は、昭和四〇年四月に組合に加入し、昭和四六年に中央委員に選出され、昭和四七年には執行委員に初当選し、昭和四八年には本店支部長(執行委員兼務)に選出され、昭和四九年二月には前書記長の辞任に伴い後任の書記長に選出されて、同年四月の春闘では組合の中心となって活動し、昭和五〇年にも書記長に選出され、昭和五二年から六〇年にかけては九期連続執行委員に選出された(乙第二三、第三二六号証)。

(4) 佐藤は、昭和四〇年四月に組合に加入し、昭和四四、四八年に中央委員に選出され、昭和五〇年から五二年にかけて執行委員に三期連続選出されて、安全衛生部長(昭和五〇年)、婦人部長(昭和五一、五二年)として活動し、昭和五三、五四年には中央委員に、昭和五五、五六年には執行委員にそれぞれ二期連続して選出された。その後、昭和六〇年には執行委員に、昭和六一、六二年には中央委員に選出されて活動した(乙第二四、第三一二、第三二六号証)。

(5) 木戸は、昭和四六年四月に組合に加入し、昭和五〇年に中央委員に選出され、昭和五一年には子安支部長(執行委員兼務)に初当選し、昭和五二年に再選され、昭和五三年には婦人部長(執行委員兼務)を務め、昭和五四年から五七年、昭和六一、六二年、平成元年には中央委員に選出された(乙第二七、第三二六号証)。

(二) 補助参加人らグループの勢力の消長

(1) ところで、組合の中には従来から二つのグループがあり、補助参加人らが属するグループは、自らを民主派と呼び、他方のグループを労使協調派と呼んで批判してきた。組合役員選挙において両グループの対立が顕在化したのは昭和四七年ころからであり、同年八月の役員選挙で、山田らが対立グループの候補者を破って執行委員に当選し、山田が昭和四八年八月の組合役員選挙において本店支部長に選出され、昭和四九年二月の補充選挙で書記長に選出されるなどして、補助参加人らグループの組合員が組合執行部(執行委員会)の主導権を握るに至った(乙第一一八号証の二ないし五、第一六七、第二〇一、第二一〇、第三〇八号証)。

(2) この間、組合は、昭和四八年の春闘において、「生活優先か、利益第一か」をスローガンに掲げ、初の現場ストライキ、重点ストライキを実施し、同年一一月には、臨時ボーナス闘争では初めてのストライキを実施し、翌昭和四九年の春闘では、「企業の利益第一主義を許すか、大幅賃上げで生活危機を突破し向上させるか」をスローガンに、ベースアップや労働協約改定などの要求を掲げ、約二か月間にわたり組合員一人平均約四六時間の波状ストライキを実施した(乙第一一八号証の一、七、第二〇一、第二〇七、第二一〇、第三〇八号証)。

(3) 昭和四九年八月の組合役員選挙は、同年の春闘におけるストライキの是非などを争点として激しい選挙戦となり、補助参加人らグループから書記長に立候補した山田は、右春闘時の組合のあり方を批判した対立グループの候補者に破れた。昭和五〇年八月の組合役員選挙では、山田は僅差で書記長に返り咲いたが、昭和五一年八月の組合役員選挙では、書記長に立候補した山田、委員長に立候補した大口義弘はともに落選した。それ以後、補助参加人らグループの組合員は、組合の委員長、書記長などの主要な役職に選出されなくなり、昭和六一年八月の組合役員選挙で山田が執行委員に落選してから後は、補助参加人らグループの組合員は組合の執行部から姿を消した(乙第一一八号証の六、八、九、一一、一四、一七、一八、二四、第二〇一、第二一〇、第三〇八号証)。

(三) 賃金体系の改定

(1) 原告は、昭和五三年六月、組合から定年年齢の引き上げ(五六歳から六〇歳へ)の要求を受け、定年延長と合わせて職能給を導入することとし、昭和五四年七月三一日、「定年延長ならびに給与体系の改訂について」と題する書面をもって、組合に対し、新社員制度及び新賃金体系の導入を提案した。その狙いは、中高年層の増加に伴う人事の停滞及び人件費の増大を避けるため、役職と資格を分離し、従業員に職務遂行能力に応じた資格を付与し、この資格を昇進及び給与面における処遇の基準とすることにあった(乙第一二八号証)。

(2) 補助参加人らは、原告の提案した右新賃金体系に反対する立場から、日本共産党千代田化工支部の機関紙であるビラ「希望」及びこの名称を変更した「パイプライン」にこれを批判する記事を掲載して従業員に配布したり、昭和五六年二月には、同支部名義で「しかくとサラリーの話」と題する小冊子を発行したり、昭和五七年一二月には、「パイプライン」の特別号に「続しかくとサラリーのはなし」と題する記事を掲載するなどの宣伝活動を行った。

また、太田、越智、佐藤、木戸ほか六名の中央委員は、昭和五五年六月三〇日、組合中央委員会議長に対し、給与体系変更についての就業規則変更に伴う組合の意見書に関して、定期大会での論議を経て判断すべきであるなどとする提案を行い、木戸と越智は、昭和五八年九月二八日、連名で組合に対し、定年延長と人事・給与制度改定に関する執行部提案の修正案を提出するなどの活動を行った(乙第九七、第一〇〇、第一二九、第一三〇号証、第二〇一号証、第二二二号証の一、二)。

(3) その結果、原告は、幹部職(非組合員)については予定どおり昭和五五年六月に新賃金体系を導入したが、組合員については導入が遅れ、昭和五九年一〇月から実施されることになったものの、旧賃金体系との選択も認められることになった。

新旧賃金体系の概要及び賞与の支給方法は、以下のとおりである。

ア 旧賃金体系

旧賃金体系は、次の六つの賃金項目から成り、このうち査定によって額が左右されるものは、基本給、業績加給及び幹部手当である。

① 基本給

基本給は、学歴別・男女別に定められた初任基本給に、毎年の定期昇給額が加算されることによって決まる。この昇給額は、A昇給(考課評点(以下「業加点」という。)が八〇点以上の場合)かB昇給(同じく七九点以下の場合)かで異なる。

② 業績加給

業績加給は、次の式によって求められる。

基本給×(業加点−六〇)/(八五−六〇)×係数+定額

③ 物価調整分

その時々の物価上昇などを勘案して算出される。

④ 初任給調整分

学歴別に定められる。

⑤ 厚生手当

年齢別・住居別・配偶者の有無別に定められる。

⑥ 幹部手当

幹部職の資格別に定められる。

イ 新賃金体系

新賃金体系は、次の三つの賃金項目から成り、このうち査定によって額の左右される職能給が基準内賃金の半分以上を占める。

① 本人給

年齢別に定められる。

② 職能給

学歴別・職能資格別・標準年齢別に定められる。

職能資格には、理事以下、参事、主幹、副主幹、主幹補、主査、副主査、主査補、上級一級、同二級、同三級、中級一級、同二級、同三級、同四級の合計一五種類がある。このうち主幹補以上が幹部職として位置づけられている。

昇格は、労使間で確認された昇格運用モデルに従って運用されており、これには、「最短昇格」(最も昇格が早い場合)、「標準昇格」(同期の約九割以上がこれに当たる。)、「最長昇格」(最も昇格が遅い場合)の三つがある。

③ 補助給(住宅手当・家族手当)

住居・扶養家族数によって定められる。

ウ 賞与の支給方法

賞与は、年二回、六月(夏季)と一二月(冬季)に分けて支給される。支給額は次の式によって求められる。

基準内賃金×年間賞与月数×一/二

ただし、年間賞与月数(春闘の際妥結される。)の約三分の一に相当する部分は、AからEまでの五ランクの査定によって決まる。査定の幅は、Aがプラス一五パーセント、Bがプラス7.5パーセント、Cがゼロ、Dがマイナス7.5パーセント、Eがマイナス一五パーセントである。

(四) 第一次非常時対策

(1) 原告は、経営改善のため、川崎工場について徹底したコスト削減を行う必要があるとして、同工場を子会社化して独立採算を図っていくこととし、昭和六二年三月二六日、組合にその内容(以下「第一次非常時対策」という。)を提示した。その要旨は、新会社の要員について、川崎工場の幹部職は子会社に移籍する、一般技術・事務系社員は出向又は移籍を自主選択する、技能系社員は移籍扱いとするというものであり、移籍後の従業員の賃金は平均で従前の約七割とされた(乙第一九八号証)。

(2) 補助参加人らグループに属する組合員は、この第一次非常時対策に反対する立場から、「パイプライン」上にこれを批判する記事を掲載したり、同年六月二五日、組合中央委員である木戸、佐藤ほか二名の連名で組合執行委員会に対し、「川工問題について緊急申し入れ」と題する書面を提出して組合大会の開催等を要求したり、同年八月の組合役員選挙において、右対策による移籍対象者となっていた越智は川崎支部長に立候補して、「みなさんはどちらを選びますか。賃金三〇パーセントダウンにはふれない人か、在籍出向を主張する越智か?」などと訴えて選挙活動を行い、山田も委員長選挙に立候補したが、二人とも落選した(乙第一五五号証の一ないし五、第一五六、第一五七、第一九〇、第二〇一、第二〇四号証)。

(3) 一方、組合は、原告との間で、同年五月一三日以降数回の労使協議会と団体交渉を行った結果、同年八月二〇日開催の組合中央委員会において、原告の提案を受け入れ、移籍に関する協定書を締結することにつき承認を得た(乙第五八ないし第六五号証、第一九九、第二〇〇号証)。

(五) 第二次非常時対策

(1) 原告は、さらなる経営改善のため、エンジニアリングコントラクター分野における要員を二七〇〇名から二五〇〇名以下に削減し、余剰人員について、出向拡大、子会社への新規移籍及び人材の社外活用などにより要員の適正化を図ることを柱とする第二次非常時対策を実施することとし、昭和六二年一一月二四日、社長書簡をもって従業員にこの対策への協力を呼び掛け、同月二六日、この対策を組合に提案し、その具体的内容として、技能職を中心とした従業員の子会社三社への移籍に加えて、新たに職務開発休職制度の実施を提案した。職務開発休職制度の内容は、要員の適正化に伴って生じる原告の余剰人員のうち配置転換などによって雇用吸収を図ることが困難であると判断した従業員について、休職扱いとして平均賃金の六〇パーセントを支給し、子会社において転職先を探すというものであった(乙第六六、第六七、第一七四、第一七五、第三七二号証)。

(2) 補助参加人らは、昭和六三年一月ころ、組合の機関による運動だけでは、第一次非常時対策に続いて提案された第二次非常時対策などの原告の合理化策から組合員の雇用や職場を守ることができないと考え、原告の出向、移籍、休職等の人減らし合理化をストップし、職場と生活を守ることを目的に掲げて、「出向・移籍・休職をストップさせる会」(以下「ストップ会」という。)を結成し、同月一九日には、「ストップ会ニュース(第一号)」を同会員向けに発行した。

ストップ会は、同年二月九日、組合執行委員会に対し、「第二次非常時対策に対する取り組に関する緊急申し入れ」と題する書面を提出して、合理化のための原告との交渉を直ちにやめ、原告提案の白紙撤回を求めることなどを申し入れる一方で、原告の門前で第二次非常時対策に対する批判などを内容とするビラを頻繁に配布した。また、組合の中央委員であった木戸、佐藤ら三名が発起人となって、移籍問題について臨時組合大会の開催を要求する署名活動を行い、同年三月八日、組合執行委員会に対し、同月一〇日開催予定の移籍協定を議題とする組合の中央委員会の開催を中止し、臨時組合大会を開催するよう申し入れた(乙第八六ないし第九〇号証、第一〇一、第一〇二、第一七六、第一八五、第一八六号証、第一九一号証の一ないし三、第二〇一、第二〇五号証)。

(3) 一方、組合は、原告との間で、昭和六二年一二月二日以降昭和六三年二月二五日までの間に、一〇数回の労使協議会と団体交渉を行った結果、移籍後の賃金については、最終的には三社とも従前の約七割とすることになった。そこで、組合は、同年三月一〇日開催の中央委員会において、子会社三社への移籍の提案を受け入れる旨承認を得て、同月一一日、原告との間で、子会社三社への移籍に関する協定を締結した。一方、職務開発休職制度については、原告は、同年二月二日の臨時労使協議会において、組合に対し、就業規則七三条(休職)に、原告が従業員に休職を命じることができる場合として、「経営規模の縮小その他会社の特別の事情により就業させることが困難になったとき」との規定の新設を提案したが、同年三月一七日の労使協議会において同意が得られず、棚上げとなった(乙第六九ないし第七六号証、第八〇ないし第八四号証、第二〇一号証)。

(六) 鶴見労働基準監督署長に対する労基法違反の申立て

補助参加人らほか三名は、平成元年一〇月二七日、鶴見労働基準監督署長に対し、原告が主幹補、副主幹である従業員に対して時間外労働に対する割増賃金を支払わないことは違法であるとして、その支払を勧告するよう申し立てた。原告は、平成二年七月、主幹補についてのみ割増賃金を支払うことを決定した(乙第二三七、第二三八、第三〇八、第三一四号証)。

4  苦情申立て

(一) 原告と組合との間で締結された労働協約第五章には、組合員が自らの労働条件等について持つ苦情を処理するための制度(以下「苦情処理制度」という。)が設けられているが、その手続の概要は、次のとおりである。すなわち、苦情を持つ組合員は、各職域毎に組合員の中から選出された苦情仲介員に対し苦情を申し立て、まず所属長による解決を図ることができるが(第一段階・四五条)、ここで納得する解決が得られない場合は、所属本部長から解決案の提示を受ける手続(第二段階・四六条)に、右所属本部長の解決案に納得しない場合は、会社側委員及び組合側委員各七名で構成される苦情処理委員会の解決案の提示を受ける手続(第三段階・四七条)に、右苦情処理委員会の解決案に納得しない場合は、労使協議会の解決案の提示を受ける手続(第四段階・四八条、四八条の二)に順次移行する。そして、第四段階から第五段階への移行の手続については、「前条の解決案(労使協議会の解決案を指す。)に申立人が納得しないとき、苦情仲介員は苦情処理票に申立人の仲裁申立の記載を受け意見を付して労使協議会の解決案受領後三日以内に会社及び組合に提出する。」(四九条一項)と規定されており、仲裁の手続及び仲裁裁定の効力については、「前項の仲裁申立てを受けた場合、会社および組合は一〇日以内に双方の合意による第三者の仲裁に付するものとし、その裁定は両当事者を拘束する。」(同条二項)と定められている。

(二) 山田は、昭和六〇年当時、資格が主査補であったところ、昇格差別があるとして、同年六月一三日、第一段階の苦情処理を申し立て、順次第二、第三、第四段階の手続を経たが、同年七月一九日に示された解決案を不服として、同月二五日、資格を副主査に是正することを求めて仲裁を申し立てた。

佐藤は、昭和六〇年当時、資格が主査補であったところ、昇格差別があるとして、同年六月六日、第一段階の苦情処理を申し立て、順次第二、第三、第四段階の手続を経たが、同年七月一二日に示された解決案を不服として、同月一七日、資格を副主査に是正することを求めて仲裁を申し立てた。

木戸は、昭和六〇当時、資格が上級二級であったところ、昇給・昇格差別があるとして、同年六月二一日、第一段階の苦情処理を申し立て、順次第二、第三、第四段階の手続を経たが、同年七月二六日に示された解決案を不服として、同月三一日、資格を主査補にし、賃金を同期入社の標準者並に是正することを求めて仲裁を申し立てた(乙第二三三、第二三四号証、第二四〇号証の一ないし一〇、第二五一号証の一、二)。

(三) 山田、佐藤及び木戸(以下「山田ら三名」という。)の右各仲裁申立てを受けて、原告と組合は、東京工業大学助教授慶谷淑夫を仲裁人に選定し、慶谷仲裁人は、同年一二月一七日付けで右仲裁申立てをいずれも棄却する旨の裁定(以下「本件仲裁裁定」という。)をした。

5  不当労働行為の救済申立て

(一) 補助参加人らは、平成元年一二月六日、原告を被申立人として、神奈川県地労委に対し、原告が補助参加人らについて組合活動を理由として昇給及び昇格に当たり差別を行っているとして、不当労働行為の救済申立てをした(神労委平成元年(不)第一七号事件)。

(二) また、補助参加人らは、平成三年二月一三日、原告を被申立人として、神奈川県地労委に対し、原告が補助参加人らについて組合活動を理由として昇給、昇格及び賞与査定に当たり差別を行っているとして、不当労働行為の救済申立てをした(神労委平成三年(不)第二号事件)。

(三) 神奈川県地労委は、右(一)及び(二)の申立てにつき、平成四年二月二八日付けで別紙(一)のとおりの命令(以下「初審命令」という。)を発した。原告は、初審命令を不服として、被告に対し、再審査申立てをした(中労委平成四年(不再)第六号事件)ところ、被告は、平成七年一二月二〇日付けで、再審査申立てを棄却する旨の別紙(二)のとおりの命令(以下「本件命令」という。)を発し、同命令書は、平成八年一月一一日、原告に送達された。

三  主たる争点

1  山田ら三名は、本件仲裁裁定を受けたことにより、労働委員会への救済申立権を失うか。

2  補助参加人らに対する賃金・昇格差別は労働組合法(以下「労組法」という。)七条一号、三号所定の不当労組行為に当たるか。

3  本件命令には救済命令として許される範囲を逸脱した違法があるか。

(原告の主張の要旨)

1  仲裁裁定について

(一) 原告と組合との間の労働協約には、「仲裁申立てを受けた場合、会社及び組合は、双方の合意による第三者の仲裁に付するものとし、その裁定は両当事者を拘束する。」旨の規定(四九条二項)がある。ここでいう「当事者」とは、原告と組合員であり、「拘束する」とは、当事者が仲裁裁定に不服であっても、裁判所や労働委員会に提訴できないことを意味する。したがって、本件仲裁裁定を受けた山田ら三名は、労働協約の右規定に基づき、本件仲裁裁定に拘束される。

また、山田ら三名は、仲裁申立てをすることにより、原告に対し、仲裁契約を申し込んだものであり、原告は、労働協約上、この申込みを承諾せざるを得ないから、遅くとも原告が組合と合意のうえで仲裁人を選定した時に仲裁契約が成立したというべきである。したがって、本件仲裁裁定を受けた山田ら三名は、右仲裁契約に基づき、本件仲裁裁定に拘束される。

(二) いずれにしても、山田ら三名は、本件仲裁裁定の拘束力により労働委員会に対する救済申立てをすることはできないから、被告は、同人らの救済申立てを却下すべきであった。

2  「労働組合の正当な行為」(労組法七条一号)について

(一) 労組法七条の解釈には罪刑法定主義が適用されるべきであるところ、これを適用すれば、同条一号にいう「労働組合の行為」は、憲法二八条にいう「団体行動」と同義というべきであるから、労働組合の機関決定を経ない組合員個々人の行為は「労働組合の行為」に当たらない。また、組合員個々人の行為が労働組合の機関決定を経たものであるとしても、特定政党の党員として行う「活動」(いうなれば政治活動)の色彩を帯びたものは、企業秩序を乱すものであるから、やはり「労働組合の行為」とはいえない。特に、日本共産党員の活動については、日本共産党自体が、労働組合を同党の支配下に置き、原告のような大企業を国有化して潰すことを究極の目的としているから、外形的に労働組合の機関決定を経たものであるとしても、労働組合の「正当な行為」には該当しない。

(二) 前記争いのない事実等3記載の補助参加人らの一連の活動は、いずれもそれを組合の行為とする機関決定がなされていないうえ、日本共産党千代田化工支部の主張ないし方針に基づく実行行為としてなされた反会社的政治活動であるから、「労働組合の正当な行為」には該当しない。

3  不当労働行為意思の不存在について

不当労働行為意思とは、「組合を弱体化する意思」というべきであるところ、原告には組合を弱体化する意思は毛頭ない。原告は、補助参加人らの一連の活動が、日本共産党千代田化工支部の主張ないし方針に従った反会社的政治活動であるが故に、これを嫌悪し、同人らの賃金・資格を、原則として、このような反会社的活動をしていない同期社員の最低のレベルにおいているものであり、原告が同支部及び同支部の活動を嫌悪していることは事実であるが、そうであるからといって、組合を弱体化する意思を有しているものと推認することはできない。

4  支配介入(労組法七条三号)について

労組法七条三号にいう支配介入があったとして不当労働行為の救済申立てができるのは、支配介入を受けたと主張する当該労働組合のみであり、補助参加人らは、労組法七条三号に関する救済申立て部分の申立資格を欠く。

5  本件命令の救済内容の違法について

(一) 本件命令(初審命令主文第一項を維持した部分)は、補助参加人らの賃金を昭和六三年四月一日に遡って是正することを命じているが、毎月の賃金支払は、考課査定に基づく賃金決定行為の結果であり、この賃金決定行為は発令の終了によって終了していると解すべきであるから、仮に補助参加人らの賃金の是正を命じるとしても、平成元年四月一日に遡るのが正しい。

仮に、昭和六三年四月一日に遡って是正を命じるとしても、同日の賃金決定行為は同年度における昇給額の決定行為であるから、是正の対象は、基準内賃金ではなく、同年度における昇給額に限られるはずであり、従来の差額の累積分を含めた基準内賃金の是正を命じるのは違法である。

(二) 本件命令(初審命令主文第一項及び第二項を維持した部分)は、昇給・昇格の前提となる考課査定をやり直せと命じているに帰するところ、原告には一旦確定した考課査定をやり直す制度は存在しないし、特に、越智については、少なくとも昭和六三年五月二〇日の解雇後、平成七年二月一三日付けの職場復帰までの間は、現に就労しておらず査定のしようがないから、本件命令は原告に履行不能なことを命じる点で違法である。仮に、考課査定のやり直し制度がなくても命令どおりの昇給昇格を個別に行えとの趣旨であるとすれば、それは使用者の固有の人事権及びそれに伴う人事考課の裁量権を著しく侵害するという意味で違法である。

(三) 本件命令(初審命令主文第一項を維持した部分)は、年五分の割合による金利の支払を命じているが、これは端的にみれば損害賠償相当額の支払を命じたものと解するほかないところ、救済命令制度は、不当労働行為の事実上の救済を行うものであり、金銭による損害賠償を命ずるというような私法上の救済を行うことは、労働委員会の権限に属さない。

(四) 本件命令(初審命令主文第二項を維持した部分)は、太田及び山田を昭和六三年度に副主幹に、佐藤を平成元年度に主幹補にすべき旨命じているようであるが、右の資格はいずれも幹部職であり、組合は、労働協約や規約で、幹部職に該当したときは組合員の資格を失う旨定めており、本件命令に従い原告が太田らを右各時点に遡って幹部職にすると、それ以降の同人らの行為は非組合員の活動となり、「労働組合の行為」(労組法七条一号)とはいい得なくなるという矛盾が生じる。

(五) 本件命令(初審命令主文第三項を維持した部分)は、「組合活動を理由として差別を行ってはならない。」と命ずるが、労組法七条一号は「労働組合の正当な行為をしたことの故をもって」と定めている。しかるに、本件命令は、同法に定められた「正当な」という重要な言葉を故意に削除し、他方、同法にはない「組合活動」という言葉を使用しており、同法の趣旨を逸脱し、罪刑法定主義に反する重大な違法がある。

(六) 本件命令(初審命令主文第四項を維持した部分)のポストノーティス条項は、憲法二一条に反し、労働委員会の裁量権を逸脱し違法である。

(被告の主張)

被告の発した本件命令は、労組法二五条及び二七条並びに労働委員会規則五五条の規定に基づき適法に発せられた行政処分であって、処分の理由は本件命令書記載のとおりであり、被告の認定した事実及び判断に誤りはなく、原告の主張には理由がない。

(補助参加人らの主張の要旨)

1  仲裁裁定について

(一) 労働組合は労働者個人の不当労働行為の救済申立権や訴権を処分する権限を有するものではないから、労働協約上の規定をもって、組合員の労働委員会に対する救済申立ての権利を奪うことはできない。

また、本件仲裁裁定は、山田ら三名が昭和六〇年六月から七月にわたり行った苦情申立てについて、同年一二月一七日付けでなされたものであるのに対し、本件命令は、昭和六三年四月一日に遡って補助参加人らの賃金及び資格の是正を命じているものであって、その是正対象期間は本件仲裁裁定の対象期間には含まれていないから、本件仲裁裁定の効力を論ずるまでもなく、原告の主張は失当である。

(二) 仲裁契約とは、一定の権利関係に関する現在または将来の争いにつき、争いの当事者が第三者の判断を受け、その判断に羈束されることを約すことによって成立する契約である。したがって、仲裁契約が成立したというためには、争いの当事者である山田ら三名と原告が、専ら第三者の判断に服して裁判所や労働委員会に不服申立てをしないことを合意することが必要であるところ、本件ではそのような合意は存在しない。

2  補助参加人らに対する賃金・昇格差別の不当労働行為性

(一) 原告の賃金体系改定の提案に対して、補助参加人らは前記(争いのない事実等3の(三)の(2))のとおりの反対運動を展開し、ために、新賃金体系は、組合の同意を得て導入はされたものの、賛成した組合員は全体の五五パーセントに過ぎないうえ、その運用について「最短」「標準」「最長」の昇格基準が定められ、希望者には旧賃金体系を選択する制度が設けられるなど、一定の歯止めがかけられるに至った。原告は、これを著しく嫌悪していたものであり、その旨公言してはばからない。

また、原告の第一次及び第二次非常時対策の提案に対しても、補助参加人らは前記(争いのない事実等3の(四)及び(五)の各(2))のとおりの反対運動を行っていたが、原告がこれを極めて嫌悪していたことは、越智に対する解雇が不当労働行為に当たるか否かが争われた前記(争いのない事実等1の(二)の(1))の事件において、これを肯定する判決が最高裁において確定した事実からも明らかである。

(二) 原告は、補助参加人らに対し賃金・昇格差別を一貫して行ってきたことを自認し、その理由は、同人らが日本共産党の政治活動として反会社的活動をしていることにあると主張するが、原告のいう「反会社的活動」とは、補助参加人らの組合活動そのものであり、原告は、補助参加人らが組合の役員選挙に立候補してその際意見表明することや、組合役員として意見表明したり活動することさえも、日本共産党の政治活動の一環であって、組合活動ではないという特異な見解に基づき、補助参加人らの組合活動をその独断と偏見により勝手にねじ曲げて「反会社的活動」と位置づけているにすぎない。

第三  争点に対する判断

一  仲裁裁定について

1 原告と組合との間の労働協約において定められた苦情処理制度に関する前記(争いのない事実等4の(一))の規定によれば、申立人である組合員から仲裁申立てを受けた原告及び組合は、その合意により仲裁人を選定したうえ右申立てを仲裁手続に付すことが義務づけられており、このようにして選定された仲裁人のした裁定は両当事者を拘束するというのであるから、組合員が仲裁を申し立て、これを受けて、原告及び組合がその合意により仲裁人を選定した時点において、当該組合員、原告及び組合の間に、仲裁契約が成立したものと解することができる。もっとも、仲裁裁定は、民事訴訟はもとより労働委員会による解決の途を排除するものと解されるほか、確定判決と同様の効力を持つ(民事訴訟法八〇〇条)ことに照らせば、その効力の及ぶ客観的範囲については、裁定主文に包含されるもの、すなわち、裁定の対象事項(仲裁の申立事項)である権利関係に限られると解すべきである。したがって、仲裁申立てをした組合員が仲裁裁定を受けた場合であっても、同裁定の対象事項以外の事項については、訴え提起はもとより、労働委員会に対する救済申立てが妨げられることはない。

2 そこで、本件についてみると、山田ら三名に対して昭和六〇年一二月一七日付けでなされた本件仲裁裁定の効力は、遅くとも右時点において、山田ら三名の資格を当時置かれていた資格から上位の資格に是正することなどが認められないという判断について生じているものであるから、山田ら三名は、右時点以前における資格等の是正を求めて訴えを提起したり、労働委員会に救済命令の申立てをしたりすることはできないと解する余地はあるとしても、右時点以降の資格等の格差の是正を求めて訴えを提起し、又は救済命令の申立てをすることは、何ら妨げられないというべきである。

したがって、山田ら三名は本件仲裁裁定の拘束力により労働委員会に対する救済申立てをすることはできない旨の原告の主張は、採用することができない

二  賃金・昇格差別の不当労働行為該当性について

1  不利益取扱い

(一) 労組法七条一号所定の「労働組合の正当な行為」

労組法七条は、使用者の労働者に対する不利益取扱い等を禁止することにより、労働組合の団結権を擁護することを主たる目的としているものであることに鑑みれば、同条一号所定の「労働組合の正当な行為」といえるためには、ある労働組合に属する労働者が行う活動が、労働者の生活利益を守るための労働条件の維持改善その他の経済的地位の向上を目指して行うものであり、かつ、それが所属組合の自主的、民主的運営を志向する意思表明行為であると評価することができることが必要であり、かつこれをもって足りるというべきで、仮に右活動が組合機関による正式の意思決定や授権に基づくものではなく、又は、組合による積極的な支持がいまだ得られていない活動であり、あるいは、多数の組合員の賛同を得ていない、いわゆる少数派の活動であるとしても、少なくとも組合の組織上又は運動上の方針が決定されるまでの間は、右にいう「労働組合の正当な行為」として不当労働行為制度の保護の対象となるというべきである。

(二) 補助参加人らの活動

補助参加人らが、組合加入後、執行委員や中央委員に立候補して当選した行為、山田が、昭和四九年の春闘の際組合の中心となって活動した行為、同年八月の組合役員選挙で補助参加人らグループの組合員が落選した後も、山田を除く補助参加人らが、中央委員として、賃金体系改定に反対して中央委員会や組合大会において修正提案を行い、第一次非常時対策の実施について組合大会の開催を要求した行為、右対策に反対の立場から、越智が川崎支部長に、山田が執行委員に立候補して選挙活動をするなどした行為は、いずれも組合員としての組合内部における活動であり、これらが労組法七条一号にいう「労働組合の正当な行為」に当たることは明らかである。

また、補助参加人らが中心となってストップ会を設立し、原告の一連の合理化策に反対する立場から同会として行った諸活動は、第一次非常時対策に引き続く第二次非常時対策の実施が組合員に労働条件の不利益変更をもたらすものであるとの考えから行われたものであるから、組合執行部の方針に対する批判を伴うものであるとはいえ、組合に対し、その意思形成過程において、組合として会社の合理化対策に安易に妥協しないことが組合員の生活利益の擁護を図ることになるとの意思表明行為であると評価することができる。そうすると、少なくとも昭和六三年三月一一日に組合が原告との間で子会社三社への移籍に関する協定を締結するまでの間に、補助参加人らがストップ会の活動として行った行為や、木戸、佐藤らが移籍問題について臨時組合大会の開催を要求する署名活動を行い、組合執行委員会に対し、移籍協定を議題とする組合の中央委員会の開催を中止し、臨時組合大会の開催を申し入れた行為については、組合として労働組合の自主的、民主的運営を志向するためにしたものであることが認められるから、「労働組合の正当な行為」に当たるということができる。

さらに、補助参加人らが行った鶴見労働基準監督署長に対する割増賃金の不払いに関する申立て(争いのない事実等3の(六))も、労働者の生活利益を守るための労働条件の改善を目指して行った活動であることは明らかであるから、「労働組合の正当な行為」といえる。

(三) 政治活動との関係

この点について、原告は、ストップ会等による補助参加人らの諸活動は、すべて日本共産党千代田化工支部の主張ないし方針に基づく実行行為としてなされた政治活動である旨主張する。

確かに、補助参加人らは日本共産党員であることを自認し、補助参加人らグループの組合員は、前記(争いのない事実等3の(三)の(2))のとおり、日本共産党千代田化工支部の機関誌である「希望」や「パイプライン」の編集・発行をしており、それらの記事の中には、日本共産党への支持を訴えたり、原告の労働者の労働条件とは直接関係のない政治的内容を取り上げたものが存することが認められる(乙第一五五号証の二)。そして、労働組合員の権利利益に直接に関係する立法や行政措置の促進又は反対のためにする活動にも当たらない専ら政党の下部組織としての党勢の拡大活動であると評価すべき活動その他純然たる政治活動については、これを労組法七条一号所定の「労働組合の正当な行為」と評価することができないことは明らかである。

しかしながら、組合員が特定政党の党員になるなどして政治活動に関与していたとしても、その一事をもって、その組合員の活動のすべてが組合活動であることを否定される理由はなく、先に判示した補助参加人らの正当な組合活動の性格が、同人らが日本共産党千代田化工支部の構成員であり、他面において政党員の活動としての性格を有するからといって、純然たる政治活動に転化するものではないから、原告の右主張は採用することができない。

また、原告は、原告の合理化策に反対する補助参加人らの活動は、すべて原告を潰すことを目的とする反会社的活動である旨主張するが、組合員が原告の経営方針に反する活動をしたからといって、それだけでその組合員の活動のすべてが組合活動であることを否定される理由はないから、原告の右主張もまた採用することができない。

(四) 不当労働行為意思

原告は、補助参加人らの一連の活動が日本共産党千代田化工支部の主張ないし方針に従った反会社的政治活動であるため、これを嫌悪しているのであって、組合を弱体化する意思は毛頭ない旨主張する。

しかしながら、原告の主たる動機が、日本共産党千代田化工支部及び同支部の活動を嫌悪することであるとしても、同支部を構成する補助参加人らグループの諸活動を敵視して、結果的に補助参加人らの正当な組合活動をも嫌悪していることは明らかであるから、優に不当労働行為意思を認めることができる。

2  支配介入

(一)  労組法七条の前記(争点に対する判断二の1の(一))目的に照らすと、同条三号所定の「労働者が労働組合を…運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」(支配介入)といえるためには、使用者の行為が、労働組合を懐柔ないし弱体化し、又は、労働組合の自主的運営・活動を妨害し、若しくは、労働組合の自主的決定に干渉しようとする行為を評価することができることが必要であり、かつ、それをもって足りるというべきであるから、労働組合の執行部による組合運営に支配介入することのみならず、個々の組合員の正当な組合活動に対して不利益な取扱いをすることにより、労働者による組合活動一般を抑圧ないしは制約する行為であっても、右にいう「支配介入」として不当労働行為を構成するというべきである。

これを本件についてみると、賃金・昇格における差別は、各補助参加人の雇用関係上の権利ないし利益を侵害することにより、補助参加人らグループに属する組合員の組合活動のみならず、そうでない組合員の組合活動一般を抑圧ないし制約し、もって、組合の自主的運営・活動を妨害しようとする行為ということができ、労組法七条三号所定の支配介入に当たるものと認められる。

(二) なお、原告は、労組法七条三号所定の支配介入を理由とする救済申立てができるのは、支配介入を受けたと主張する当該労働組合のみである旨主張するが、個々の組合員がその正当な組合活動に対して使用者から不利益な取扱いを受けた場合、右使用者の行為が同条一号に加えて同条三号にも該当するとして救済申立てをすることを禁ずる理由はないから、原告の主張は採用できない。

三  救済内容について

1  労組法二七条に定める労働委員会による救済命令制度は、労働者の団結権及び団体行動権の保護を目的とし、これら権利を侵害する使用者の一定の行為を不当労働行為として禁止した同法七条の規定の実効性を担保するために設けられたものであるところ、同法が、右禁止規定の実効性を担保するために、使用者の右規定違反行為に対して労働委員会という行政機関による救済命令の方法を採用したのは、使用者による組合活動侵害行為によって生じた状態を右命令によって直接是正することにより、正常な集団的労使関係秩序の回復、担保を図るとともに、使用者の多様な不当労働行為に対してあらかじめその是正措置の内容を具体的に特定しておくことが困難かつ不適当であるため、労使関係について専門的知識経験を有する労働委員会に対し、その裁量により、個々の事案に応じた適切な是正措置を決定し、これを命ずる権限を委ねる趣旨に出たものと解されるのであり、右のように、労働委員会に広い裁量権を与えた趣旨に徴すると、訴訟において労働委員会の救済命令の内容の適法性が争われる場合においても、裁判所は、労働委員会の右裁量権を尊重し、その行使が右の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるものでない限り、当該命令を違法とすべきではない(最高裁判所大法廷昭和五二年二月二三日判決・民集三一巻一号九三頁)。

2  原告の主張(一)(是正対象の時期・内容)について

(一) 原告は、毎月の賃金支払は、考課査定に基づく賃金決定行為の結果であり、この賃金決定行為は発令の終了によって終了していると解すべきであるとして、仮に賃金の是正を命じるとしても、昭和六三年四月一日ではなく、平成元年四月一日に遡るべきである旨主張する。

しかし、原告が毎年行っている昇給に関する考課査定は、その従業員の向後一年間における毎月の賃金額の基準となる業加点(旧賃金体系の場合)ないし職能資格(新賃金体系の場合)を定めるものであるところ、右のような考課査定において使用者が労働組合の組合員について正当な組合活動をしたことを理由として他の従業員より低く査定した場合、その賃金上の差別的取扱いの意図は、賃金の支払によって具体的に実現されるのであって、査定とこれに基づく毎月の賃金の支払とは一体として一個の不当労働行為を構成するとみるべきである。そうすると、ある査定に基づく賃金が支払われている限り不当労働行為は継続することになるから、右査定に基づく賃金上の差別的取扱いの是正を求める救済申立てが同査定に基づく賃金の支払の時から一年以内にされたときは、労組法二七条二項の定める期間内にされたものとして適法というべきである(最高裁判所第三小法廷平成三年六月四日判決・民集四五巻五号九八四頁参照)。

本件について、神奈川県地労委に最初の救済申立てがなされたのは平成元年一二月六日であるから、同申立ては、昭和六三年四月一日以降の査定に基づく賃金及び昇格の差別的取扱いの是正を求める範囲において適法というべきであり、初審命令が右時点に遡って是正を命じた点に違法はない。

(二) また、原告は、昭和六三年四月一日に遡って是正を命じるとしても、同日の賃金決定行為は同年度における昇給額の決定行為であるから、是正対象は同年度における昇給額に限られるはずであり、従来の差額の累積分を含めた基準内賃金の是正を命じるのは違法である旨主張する。

しかし、初審命令主文第一項を維持した本件命令は、補助参加人らの賃金について、その時点において現に存する格差を解消することで必要な救済を図ろうとしたものであり、右判断は前記1の救済命令制度の趣旨に照らして合理性が認められ、労働委員会の裁量の範囲を逸脱しているものとは認められない。

3  原告の主張(二)(考課査定のやり直し)について

原告は、本件命令(初審命令主文第一項及び第二項を維持した部分)は考課査定のやり直しを命じることに帰するところ、かかる命令は原告に履行不能を命じる点で違法であり、仮に考課査定のやり直しではなく、命令どおりの昇給昇格を個別に行えとの趣旨であれば、使用者の固有の人事権及び人事考課の裁量権を著しく侵害する旨主張する。

しかし、初審命令主文第一項及び第二項を維持した本件命令は、考課査定のやり直しまで命じたものではなく、不当労働行為がなかったとすれば得られたであろう賃金と実際に得た賃金との差額の支払と、その根拠となる付与されるべき資格への昇格を命じたものであり、そこに裁量権の逸脱があるとは認められない。

したがって、原告の右主張は採用できない。

4  原告の主張(三)(遅延損害金の支払)について

また、原告は、本件命令(初審命令主文第一項を維持した部分)が、差額賃金に年五分の割合による金利の支払を命じている点が違法である旨主張するが、これは不当労働行為がなかった状態を回復するための相当な措置と認められるから、労働委員会に委ねられた裁量の範囲内にあるというべきである。

5  原告の主張(四)(幹部職への昇格)について

原告は、本件命令(初審命令主文第二項を維持した部分)が、太田、山田及び佐藤を幹部職(非組合員)である資格に昇格させるよう命じている点につき、本件命令に従えば、同人らの行為は遡って非組合員の行為となり、「労働組合の行為」(労組法七条一号)とはいい得なくなる旨主張するが、太田らを幹部職に相当する資格に昇格させたからといって、同人らが過去に行った行為の性質が変わるものではなく、不当労働行為の成否を左右するものではないから、原告の右主張は採用できない。

6  原告の主張(五)(将来の差別禁止)について

昇給・昇格に当たり組合活動を理由とした差別を禁止する本件命令(初審命令主文第三項を維持した部分)は、労組法七条一号にいう「労働組合の正当な行為」をしたことの故をもってする昇給・昇格の差別を禁止する趣旨であることは明らかであり、原告の主張内容からして、再び同種の不利益取扱いが繰り返されるおそれが認められ、この部分は、将来同種の不利益取扱いを予防するための相当な措置であると認められるから、労働委員会の裁量の範囲内にあるというべきである。

7  原告の主張(六)(ポストノーティス条項)について

補助参加人らに対する賃金・昇格差別につき不当労働行為と認定されたこと、及び将来同種の行為を繰り返さない旨を誓約することを記載した誓約書の手交及び掲示を命じた本件命令(初審命令主文第四項を維持した部分)は、使用者に対して不当労働行為につき積極的に陳謝の意思表明をすることまで強制したものではなく、不当労働行為がなかった状態を回復するとともに将来の同種の不利益取扱いを予防するための相当な措置であると認められるから、労働委員会に委ねられた裁量の範囲内にあるというべきである。

原告は、憲法二一条違反をいうが、ポストノーティスは同条の保障する表現の自由を何ら侵害するものではない。

四  結論

以上によれば、原告のした補助参加人らに対する賃金・昇格差別は、不当労働行為に該当するとした初審命令を維持した本件命令の判断及びその救済内容に原告の主張するような違法はなく、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官萩尾保繁 裁判官白石史子 裁判官西理香)

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